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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)7892号 判決 1994年8月30日

原告

勘佐忠弘

被告

福崎夕子

ほか二名

主文

一  原告に対し、被告許富久代は一三八六万九六一二円、同福崎夕子・同福崎卓也は各六九三万四八〇六円及びこれらに対する平成四年一二月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による各金員をそれぞれ支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、五〇〇〇万円及びこれに対する平成四年一二月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号機により交通整理が行われておらず、かつ、見通しの悪い変形三差路交差点において、一時停止の標識のある道路を一時停止せず、西から南へ同交差点に進入し右折しようとした普通乗用自動車が、交差する道路(優先道路)を南から北に直進して来た自動二輪車と衝突し、自動二輪車の運転者が負傷し、普通乗用自動車の運転者はそのまま逃走した事故に関し、右被害者が普通乗用自動車の保有者兼運転者(提訴後死亡し、遺族が受継)を相手に自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求め、提訴した事案である。

一  争いのない事実等(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  事故の発生(甲第一号証、乙第一二、第二五、第三五号証)

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成四年七月二四日午後一〇時三五分ころ

(二) 場所 大阪市北区野崎町七番七号先交差点(以下「本件事故現場」ないし「本件交差点」という。)

(三) 事故車 亡福崎一文(以下「一文」という。)が保有し、かつ、運転していた普通乗用自動車(なにわ三三と二二三〇、以下「被告車」という。)

(四) 被害車 原告が運転していた自動二輪車(なにわや四〇五六、以下「原告車」という。)

(五) 事故態様 信号機により交通整理が行われておらず、かつ、見通しの悪い変形三差路交差点において、一時停止の標識のある道路を一時停止せず、西から南へ同交差点に進入し右折しようとした被告車が、交差する道路(優先道路)を南から北に直進して来た原告車と衝突し、原告が負傷し、一文はそのまま逃走したもの

2  責任原因

一文は、被告車の保有者であり、同車を自己の用に供する者として、自賠法三条により、原告の被つた損害を賠償する義務を負担した。

3  相続

本件提訴後である平成六年三月一二日、被告福崎一文が死亡したことにより、前記福崎夕子(以下「夕子」という。)、同福崎卓也(以下「卓也」という。)は子らとして、同許富久代(以下「富久代」という。)は妻として、それぞれ相続により一文が本件事故により負担している債務を承継取得した。

4  損益相殺

原告は、本件事故による損害の填補のため、一文から治療費として三七万七九七七円の支払いを受けた。

二  争点

1  過失相殺

(被告の主張)

本件事故現場は、信号機により交通整理の行われていない道路であり、原告の進行する北行車線の西側歩道より二列となつて車両が駐車しており、原告にとつて右手にある西側道路の見通しが悪かつたのであるから、原告も徐行などして、左側道路から進入車の有無・動静を注意し、安全確認して運転すべき注意義務があるのに、原告は、本件交差点のさらに北側交差点の対面信号が折から黄色になつていたので、そのまま突つ切り、北進し、北側交差点を渡ろうとして、アクセルを回し、時速八〇キロメートル以上に加速しながら、本件西側道路に何ら注意を払わずに事故現場を通過しようとした重過失によつて本件事故を惹起させたものであり、相当の過失相殺がなされるべきである。

2  原告の後遺障害(脾臓摘出)の程度

(一) 原告の主張

原告は、本件事故により脾臓が破裂したため、労働能力の四五パーセントを喪失したものである。脾臓を失つた場合、他の臓器が代替することがあり得るとしても、他の臓器が障害を負えば、代替が不可能となるのであり、代替論は、人の生命、身体をあまりに軽視するものであり、容認できない。

(二) 被告の主張

脾臓摘出は、逸失利益をもたらす後遺障害ではなく、原告は、脾臓摘出後も事故前と同様に稼働しているものであり、逸失利益はない。

3  その他損害額全般(反訴原告の主張額は、別紙損害算定一覧表のとおり)

第三争点に対する判断

一  過失相殺

1  事故態様等

乙第二四ないし第四二号証、第四六ないし第五一号証及び原告本人尋問の結果によれば、本件の事故態様に関し、次の事実が認められる。

本件事故現場は、別紙図面のとおり、南北に通じる片側三車線(片側幅員約八・八ないし九・二メートルの道路(以下「本件道路」という。)と西方から同道路へ通じる道路(以下「西方道路」という。)とが交差する信号機により交通整理の行われていない変形交差点上にある。同交差点の北側には、ほぼ東方及び北西へ通じる道路との信号機により交通整理の行われている交差点があり、本件道路の速度は、時速四〇キロメートルに規制され、西方道路の本件交差点西詰には、一時停止の標識が設置され、停止線が引かれ、本件道路の中央線は本件交差点中央を貫き引かれており、本件道路は、西方道路に対し、優先道路(道路交通法三六条二項)の関係にある。本件事故現場付近は、付近の街路灯及び建物のあかりなどのため明るかつた。

両道路相互の見通しは悪く、いずれも、路面は平坦であり、アスフアルトで舗装され、駐車禁止であり、本件事故当時乾燥しており、本件事故から約三〇分後に行われた実況見分時の五分間の交通量は、本件道路が約五〇台、南方道路が五台であつた。

一文は、事故日である平成四年七月二四日午前九時四〇分ころから大阪府堺市にある堺カントリーゴルフ場において知人らと共にゴルフをし、昼食時に生ビール中瓶を約半分程飲み、ゴルフ終了後、大阪市北区にある寿司屋「明石鮓」において、同日午後八時から午後八時四五分までの間に生ビール中ジヨツキ約半分を飲み、さらに、スナツク「ラウンジアリラ」において同日午後八時五〇分ころから午後一〇時一〇分ころまでの間にウイスキーの水割りを二~三杯飲み、その後、帰宅するため、被告車を運転し、前照灯を下向きにし、時速約二〇キロメートル西方道路を東進中、本件交差点に差しかかつた。

一文は、別紙図面のaの位置に停止したタクシーの後に続き、同<1>の地点に停止し、停止を続けているうち、天神祭りの人ごみを見てみたくなり、本件交差点を右折するため、右折の方向指示器を点滅させ、発進したタクシーの後に続き、一時停止線の位置では停止しないまま、時速約一五ないし二〇キロメートルの速度で本件交差点に進入し、同図面、甲の位置にそれぞれ駐車車両がいるのを見て、同交差点の北側にある交差点の信号を見たところ、赤色を表示していたので右方から北進する車両はないものと思い込み、右方から来る車両の有無、動静についての注視を欠いたまま、時速約一〇キロメートル以下の低速度で進行右折した。

原告は、原告車を運転し、前照灯を下向きに点け本件道路を北進中、本件交差点から約二〇メートル南方にある交差点のさらに約二〇メートル南方の地点で、対面信号が黄色となつたので、時速約六〇ないし七〇キロメートルに加速しつつ同交差点を通過したが、本件交差点の北方にある交差点の信号の色は既に赤色を提示していたので時速約五〇数キロメートル程度に減速しつつ、前方の駐車車両(別紙図面<甲>)を避けるため西から三車線目に車線を変更の上、本件交差点にさしかかつた。

一文は、別紙図面<3>で右方から原告車が約一二・七メートル離れた同<ア>に接近して来ているのに気付き、急制動の措置を講じたが及ばず、自車右前部を原告車前部に衝突させ、同<エ>に同車を転倒させた。

一文は、その後、被告車を同<6>まで後退させたが、このまま逃走しようと決意し、自車を発進させた上、本件交差点の北側交差点を右折し、そのまま逃走した。

2  過失割合

以上の認定事実に基づき、検討すると、本件道路は西方道路にとつて優先道路であり、かつ、西方道路の本件交差点西詰めには、一時停止の標識が設置され、一時停止線が引かれていたのであり、また、同交差点自体の見通しが悪い上、本件事故当時、本件道路には駐車車両が存在し、見通しを妨げていたのであるから、一文は、一時停止線において一時停止の上、本件道路を走行する車両の有無、動静を十分に確認し、その通行を妨げないようにしつつ進行すべき注意義務があり、他方、原告には、徐行義務等は課せられていない(道路交通法三六条三項)ものの、前方を注視し、制限速度を遵守すべき注意義務がある。

しかるに、一文は、本件交差点の北側の交差点の信号が赤信号であつたことから、本件道路を北進する車両はないものと軽信し、右方への確認を怠つたまま、本件道路を右折進行した著しい過失があるというべきであり、右過失には前記本件事故前の飲酒の影響を否定できない。他方、原告にも、制限速度を時速一〇キロメートル程度超過した過失がある。

本件道路が西方道路にとつて優先道路であることを踏まえ、両者の過失を対比すると、本件道路が西方道路にとつて優先道路であることを考慮すると、一文の過失が極めて重大といわざるを得ず、一文と原告との過失割合は九対一と認めるのが相当である。

したがつて、過失相殺により後記本件事故により生じた損害から、一割を減額するのが相当である。

二  後遺障害の内容、程度

1  甲第二、第三号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により、外傷性脾破裂、結腸間膜左後腹腔血腫、左腎損傷、左肺挫傷、左第五・第八・第九肋骨骨折等の傷害を負い、平成四年七月二四日から同年九月八日まで行岡病院に入院(四七日間)し、同日、症状が固定したが、脾臓を失つたことなどにより、易疲労性が高まり、風邪を引きやすくなり、顔にむくみが出やすくなるなどの後遺障害が生じ、労災保険により労災保険法施行令別表第八級第一一号「脾臓又は一側の腎臓を失つたもの」に該当するとの認定を受けたことが認められる。

2  以上の事実をもとに、労災補償において、労働基準監督局長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号により、後遺障害等級八級の場合の労働能力喪失率が四五パーセントとして取り扱われていることは当裁判所にとつて顕著な事実であること、脾臓が生体防御機能の一つとして生体を細菌感染から防御する等の機能を担つていることは公知の事実であるところ、医学的に完全な解明はなされていないものの、人体及び労働能力に軽いとはいえない悪影響をもたらし得る可能性があること、易疲労性が高まり、風邪を引きやすくなり、顔にむくみが出やすくなるなどの後遺障害が生じていること、そして、このことに、原告本人尋問の結果によれば、本件において原告の所得が減少し、仕事の合間に体を横にして休み、休業日を増やし、従業員を増やすなどの努力と工夫を余儀なくされていると認められること、もつとも、被告が主張するように、右減収を具体的に認定するに足る証拠はなく、むしろ弁論の全趣旨によればさしたる減収がないことがうかがわれること、その他、原告の年齢等諸般の事情を考慮すると、原告は、前記等級表の喪失率の三分の一に当たる一五パーセントの労働能力を喪失し、同状態が終生続くものと認めるのが相当である。

三  損害(算定の概要は、別紙損害算定一覧表のとおり)

1  文書料(主張額五一五〇円)

甲第二号証、乙第五号証、第二三号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故に関する損害の立証のため診断書数通を作成するための費用を支出していること、原告の記憶によれば右額の総計は五一五〇円であつたことが認められる

2  入院雑費(主張額六万一一〇〇円)

前記認定のとおり、原告は、本件事故による傷害の治療のため、四七日間入院しているところ、弁論の全趣旨によれば、右入院中、雑費として一日当たり一三〇〇円が必要であつたものと推認される。したがつて、その間の入院雑費は、六万一一〇〇円を要したものと認められる。

3  休業損害(主張額二二六万〇〇〇二円)

乙第三四、第四八号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和一六年五月九日に生まれ、関西大学商学部を卒業後、本件事故当時(当時五一歳)、大阪市北区西天満において飲食店「勘佐」を経営(従業員は、原告の母を含め四名)していたことが認められる。

当法廷における原告の供述部分には、同店における本件事故前一年間の売上高は年間二六五〇万円、荒利はその六五パーセントであり、そこから家賃等の経費を差し引いた額が純利益であるとの箇所があるが、右供述を裏付ける客観的証拠が提出されておらず、かつ、右供述中には、税務署に対する申告は過少申告(所得としては欠損として申告)であつたとする箇所があることを考慮すると、右供述額を本件事故当時の年収として認めることはできない。しかし、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、相応の収入を得ていたものと推認されるところ、同事故の年である平成四年の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・旧大新大卒・男子労働者の五〇歳から五四歳までの平均賃金が一〇四〇万六七〇〇円であることは当裁判所にとつて顕著な事実であること等を考慮すると、同原告の年収は右平均賃金の程度であつたものと認めるのが相当と考えられる。

前記治療経過に原告本人尋問の結果を合せ考慮すると、原告は、本件事故日の翌日である平成四年七月二五日から同年九月一五日まで五三日間休業したことが認められる。

したがつて、原告の休業損害は、次のとおりとなる(一円未満切り捨て、以下同じ)。

10406700÷365×53=1511109

なお、原告は、右休業期間中、右以外に家賃、従業員への給与を支払い、在庫の肉が使用できなくなつたと主張するが、これらの損害を認めるに足る証拠はない(もつとも、弁論の全趣旨によれば、額は確定できないものとある程度の損害が生じたことは推認し得るので、この点は、後記慰謝料において斟酌することとする。)。

4  後遺障害逸失利益(主張額五四〇二万三二六一円)

前記認定のとおり、原告は昭和一六年五月九日に生まれ、症状固定日である平成四年九月八日当時五一歳であり、当時の原告の年収を評価すると一〇四〇万六七〇〇円と認められるところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、満六七歳まで稼働することが可能であつたものと推認される。

前記認定のとおり、本件事故による後遺障害により、原告は労働能力の一五パーセントを喪失したものと認められるから、ホフマン方式により中間利息を控除し(一六年の係数)原告の後遺障害逸失利益の本件事故当時の現価を算定すると、次の算式のとおり、一八〇〇万八二二一円となる。

10406700÷0.15×11.5363=18008221

5  慰謝料(主張額入通院慰謝料八〇万円、後遺障害慰謝料七〇〇万円)

本件事故の態様(特に引き逃げ事案であること)、原告の受傷内容と治療経過、後遺障害の内容・程度、職業、年齢及び前記額は確定できないものの休業期間中家賃等に関し相応の損害が生じていることがうかがえること等、本件に現れた諸事情を考慮すると、原告の入通院慰謝料としては一五〇万円、後遺障害慰謝料としては七〇〇万円が相当と認められる。

6  小計

以上の損害を合計すると、二八〇八万五五五〇円となるから、これに本件事故により生じた被告支払いにかかる治療費三七万七九七七円(争いがない)を加算すると、損害合計は、二八四六万三五五七円となる。

四  過失相殺、損害の填補及び弁護士費用

1  前記認定のとおり、過失相殺として、本件事故により生じた損害から一割を減額するのが相当であるから、減額すると、残額は二五六一万七二〇一円となる。

2  本件事故により、三七万七九七七円の損害が填補されたことは当事者間に争いがない。したがつて、前記損害残額から右を控除すると、残額は二五二三万九二二四円となる。

3  本件の事案の内容、本件事故後提訴に至る経過、審理経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としての損害は二五〇万円が相当と認める。

前記損害合計にを加えると、損害合計は二七七三万九二二四円となる。

五  相続及びまとめ

前記のとおり、夕子、卓也は子らとして、富久代は妻として、それぞれ相続により一文が本件事故により負担している債務を承継取得したことは、当事者間に争いがない。

したがつて、原告の富久代に対する請求は一三八六万九六一二円及びこれらに対する症状固定日である平成四年一二月一六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める限度で、夕子・卓也に対する請求は各六九三万四八〇六円及びこれらに対する症状固定日である平成四年一二月一六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度でそれぞれ理由があるからこれらを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大沼洋一)

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